「興徳寺」蒲生氏郷公の墓碑 ”空風火水地”…..合掌m(__)m

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いまに至る城下町の整備と産業を興した蒲生氏郷公の墓が会津若松市神明通りの東裏、興徳寺の本堂東側にあります。瑞雲山興徳寺は臨済宗妙心寺派の寺で、秀吉が奥羽仕置のため会津へきたとき三泊したほどの大寺院でした。墓は空風火水地の五文字を刻した五輪塔で、京都大徳寺の本墓から分骨したものと伝えられます。墓前には、「限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風」の辞世の歌碑があります。会津史談会が昭和28年に氏郷公360年祭を記念して建てたものです。

会津若松市の中心地、神明通りの中ごろを少し入ったところにある興徳寺。
蒲生氏郷(レオ氏郷)のお墓があることでも有名です。蒲生氏はまだ「会津若松」が「黒川」という地名で呼ばれていたころの人物。織田信長の婿さんとしても有名ですね。

※御朱印はすぐ隣の寺務所にていただきました。

Posted from 日本, 〒965-0871 福島県会津若松市栄町2−12.

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